Walthamの懐中時計
以前私がある船会社の社員だったころ、職場に自動車、服、時計が好きな先輩がいた。その人は、趣味に全神経を集中させていたので、仕事の方には全くと言っていい程興味がないようだったが、私とは結構趣味が合った。
私の会社はあるメーカーの子会社でもあったので、船会社の中ではかなりまじめで、落ち着いた社風であったのだが、そんな中でその先輩は一人浮いているような存在だった。
ある日の昼休み、喫煙所でその先輩と一緒になり、立ち話をしていると、話題は自然と機械時計のほうへ進んでいった。機械時計の中でも、先輩はアメリカの時計が特に好きだったらしく、ハミルトンのカーキキングやベンチュラについて一通り話した。ひととおり話した後で、先輩は持っている時計の中で一番大切にしているWalthamの懐中時計について話してくれた。
そのWalthamは、先輩の父親が客船のチーフパーサーだった頃、アメリカに立ち寄った記念として購入したもので、金色に輝くケースに収まった精密で美しいムーブメントは、その時計がアメリカで最高級品だった時代の空気をその中に封じ込めていることを、たっぷり20分以上も語ってくれた。
その頃、時計について全く興味がなかった私にも、Walthamという時計メーカーの名前は心に刻まれたし、いつか自分もそのWalthamのような懐中時計をひとつ所有してもいいなと感じた。そのWalthamを見たこともないけれど、その時計が誇る精巧さと高級感を先輩と共有できたと思う。
それから4年程経ち、先日、時計についての書籍を読んでいると、そのページの中にWalthamの懐中時計の写真が掲載されていた。初めて目にするWalthamの懐中時計の写真であったが、やはりそこには、先輩が語ってくれた精巧さと高級感が漂っていた。
私も、いつかはWalthamの懐中時計をひとつ所有したいと思った。