私の苦手な東北の街

俺は声を殺して泣いた。幾晩も泣いた。横で寝息を立てている嫁さんに気付かれぬよう、タオルを口にあてて、涙を堪えて泣いた。
しかしながら、私の小さな願いも届かず、結局あの人は旅立ってしまった。毎晩毎晩、俺が金持ちだったら、俺が留年せずにもっとマトモな職についていたら、と思い、けれども結局この結末は避けられなかったんだろうな、と思い、途方にくれた。
悲しみを忘れる為に、酒も飲んだ、メイドカフェにも行った、騒がしい音楽も聴きに行った、行きずりの女と…。
けれども何者も私の心を癒してはくれなかった。
俺はこの先一生北国のあの地名を耳にする度、今日と同じように絶望的な気分になるのか。

その街が憎い。何もかもを引き裂いた東京という町も憎い。

そういえば、もう十年ほど前、私は各駅停車を乗り継いで、札幌の実家に帰省した。そのとき、初めの晩はその街に降りたって酒を飲んだ。
その街で唯一の繁華街の店に入った。

カウンターには、それ程年増ではない、東北美人のママがいた。ママ一人でやっているスナックだった。
あんまり面倒くさい酒を頼んでもいけないと思い、ジンを頼んだ。

マティーニもできますよ

そうママに言われるままにマティーニをもらった。よく冷えていて、ドライなマティーニだった。ああ、これは私の好きなタンカレーだなと思いながら飲んだ。
そのまま、四杯ほど飲んでその店を出た。店をでて、ママの顔を思い出しながら、明日は山形に行こう。あの人の住む山形へ行って、もし会えたらあの人に会おう、と思った。

明日は花笠祭りだ。祭を見よう。

そのまま駅前のサウナに入って寝た。ホモの居ない安全なサウナだった。