司馬遷と空港で待ち合わせることになった。北京空港。北京五輪のすぐ後だ。まだ五輪の爪痕が残り、空港は清掃はされていたものの壁には傷がいくつも残っていた。彼等は事実スポーツ選手による戦争を嗾けにきたわけだし、仕方無かった。
武帝の付き人から左遷され(司馬遷のセンは左遷のセンであるから仕方ない)景徳へ島流しにあっていた司馬遷は人生最後の時間を、私達のような外国人の為の講演会に充てていた。彼らしい人生の締めくくり方だ。景徳からの便はまだ着かなかった。
ハンブルグからルフトハンザの747でここに来た私は疲れていた。北京空港に降り立ち、最後のカンパリソーダをパーサーから手渡された時に、機内には静かにビリーボーン楽団の奏でるビートルズのshe's leaving home が流れていた。不意に私の頬に一筋の泪が流れてきた。パーサーは私に大丈夫かと尋ねた。
大丈夫。ただ少し昔のことを思い出したんだ。
747のロールスロイスが独特の高周波を鳴らしていた。
空港のロビーには今日も人が詰めかけていた。まるで、今は喪ってしまったマイケルジャクソンの来訪を迎えるかのように。
また北京か。今回で何度目の北京になるだろう。初めて北京を訪れたのは94年。私は大学を出たばかりで、独り雑誌の取材に訪れた。北京空港は今よりも古い建物であったが、今よりも整っていて、壁には傷一つ無かった。このロビーのバーももちろん無かった。マティーニは無く、カンパリソーダもなく、あるのは安い紹興酒に角砂糖が乱暴に入れられたのと、バカ高いペリエだけだった。
あれから二十年弱が経つ。一体何が変わって、何が変わらなかったのだろう。18キロ太った体と、失ってしまった多くの女性たち。その中でも学生時代からの付き合いのあった香織が今はもういない。司馬遷ならなんて声をかけてくれるかな。
それから一時間程が経った頃、ゲートから司馬遷が出てきた。白いベルサーチのジャージに大きなテンガロンハットに突き出た腹は元気そうに見えたが、顔はげっそり痩せていた。
シーロー、久しぶりだな。
俺の顔が見えないようにこの帽子を被ってるんだ。構わないか?
何せこの顔は自分でも参ってしまう。
行こう。
そういう悪魔の飲み物はやめて、日本料理を食べに行こう。日本茶が飲みたい。
香織のことを考えていたな?心配要らない、俺もすぐに香織のところへいくつもりだ。日本料理のテイクアウトを持ってね。彼女は春巻きが好きだった。
行こう、司馬遷先生。
俺はまだ彼方に行くには若すぎるから、日本料理屋までは付き合うさ。
約束のコイーバとマイルスデイビスのCDを持って来たよ。
司馬遷は力なく笑い、私は彼の大きなスーツケースを引き受けた。
北京、北京なんかに俺は何の用事があるんだろう?俺はいつまでもAn English man in NYなんだろうか。
北京。
この街が好きだという奴は少し変わっている。年々排気ガスに覆われ、オリンピックのせいで街も変わってしまった。かつての美しく崩れ落ちた東の町ではなくなってしまった。ベルリンのような壊された秩序も美しいが、それよりもかつての北京は美しかった。赤に彩られたダウンタウン、そのすぐ横にひしめく古い住宅街。
これ以上、北京について考えるのはやめよう。
司馬遷だって今夜は疲れているんだ。
私はタクシーの支払いを済ませ、ペニンシュラのすぐ横にある日本料理屋に司馬遷と入った。
まずは、待たせてしまってすまなかった。
飛行機というものがこれほどまでにダイヤを狂わせたのは出エジプトの時のモーゼが乗った便以来だ。バッドラックな私を笑って許してくれ。
景徳での生活は悪くない。十分な食料。十分にきれいな水。十分とは言えない治安。まあ仕方ない、あそこは流れ者の街だ。いや、今となっては流れ者の国だ。あそこにはあそこでしか通用しない通貨がある。軍隊がある。国土がある。一つの国に期待するものはなんだってある。女だっているぞ。シーローはまだ女には興味があるだろう?
そうですね、この歳になってにわかに女性への興味が湧いてきました。司馬先生のおっしゃるような女性ではありませんがね。私は女性の身体に興味があるのです。彼女たちの持つ唯一の実存は体です。そして身体は死とともに永遠に失われる。心には何も期待しません。心は大地に根を張って生き続ける。女性とは本来そういう存在であるわけではないと思います。女性は身体です。
シーロー、君はまだ香織のことを考えている。彼女の心が君の心に刺さったままなんだ。シーロー、ツライのはわかる。そして彼女が確かに現存した女性であったことを受け入れることができないのもわかる。しかし、人生は進んでいくんだよ。君の望むと望まぬのとにかかわらず。そして香織はもうここにはいない。彼女はもうこの世界にはいないのだよ。
だから、私はこの世界に永遠のお別れをしてから香織に会って伝える。シーローがまだ君のことを忘れていないと。シーローは今でもハンブルグや北京や、ベルリンで本を書いていると。
司馬先生。彼女に会ったらよろしく伝えてください。そして、彼女のあの世界での幸せを見届けてください。私があっちに行く頃には誰かと一緒になれているように。私とは違う、もっと腰を落ち着けて暮らすタイプの男と一緒になるように。パイプの灰が原稿用紙に散って朝日が差して目覚めるような生活の男とはつるまないように。
それから司馬先生と3時間ほど話した。ベルリンの変わった姿や、変わらないところ。司馬先生の今回の公演の内容の打ち合わせ(と言っても、私はいつも全てを司馬先生に任せている。司馬遷の前で何を話すべきかなんて話せる奴はいない)。
そして、部屋に帰って、ラタキアを刻んでパイプに詰め、ゆっくり煙を燻らせた。
来年の夏はルガノへ行こう。ルガノの湿った熱い風を浴びながら、香織に最後の手紙を書こう。俺もいつまでもここに留まっているわけにはいかないんだ。
そして君もだよ。香織、
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