体調は良くなったり、また戻ったりを繰り返す。医者には今が大切だ、今頑張りすぎるとまた鬱に戻ったり、いきなりギンギンになってしまったりすると言われている。まあ、どん底は過ぎたということだろうからそれは救いだ。
もう何ヶ月も写真集を手に取っていなかった。入院中は尾仲浩二さんの写真集と日比野克彦の作品集を枕元において、それしか見るものがないから熱心に見ていた。尾仲浩二さんの写真はどんな気分の時でも心にしみてきていい。今回は躁状態で入院したが、8年前に鬱状態で入院した時も枕元には尾仲浩二のGrasshopperを置いてあった。
尾仲浩二の写真については後日書くとして、今夜はRobert Frank。
Robert Frankの展示が近日東京芸術大学大学美術館で行われるらしい。
Robert Frank: Books and Films, 1947-2016
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2016/frank/frank_ja.htm
2016年11月11日(金) - 11月24日(木)
だから今こそロバートフランクについて語るべき時だ。いや、実際のところフランクの写真については語り尽くされてきて今更なのではあるが、フランクの写真は何度も見直してもいつも何かのヒントがあるから。
フランクの写真集は最高の写真の教科書だと思う。写真の面白さって何だろうって考えた時、今日身の回りにたくさんの優れた写真集、写真作品、Webページ上の画像が溢れているので写真の面白さを見つけるのはそれほど難しくないけれど、これが意外とわからないのだ。
写真そのものではなく、文字情報に付帯する挿絵としての面白さもあるだろうし、写真一枚もしくは組み写真で笑える時もある、写真に写る悲惨な現状に胸を打たれることもある。もしくは雄大な自然をリアルに感じて感動することもある。
フランクの写真にはそのような要素はとても少ない。ほぼないと言っていい。けれどもフランクの写真は見ていて気分が高まる、もしくは気分が静まる(同じ作品を見ていても)、フランクの皮肉な視点にハッとさせられたり、フランクの視線のきめ細かさに驚かさらたりもする。そして、これが一番大きな要素なんだけれど、フランクの写真は自分の前で流れいく風景を見届けることができる、少しセンチメンタルな気分で。
センチメンタルな気分というと少しニュアンスが強い言い方なので誤解されそうだが、フランクの写真にはそこに取り残されるような感覚を見るものに与える。風景が目の前を過ぎ去っっていくような感覚が。もしくはすでに遠い昔に過ぎ去った感覚が。
ここに1冊のフランクの写真集がある。
Robert Frank Valencia 1952
Steidelから本として発行されたのは2012年だが、撮影されたのは1952年である。ロバートフランクの最も有名な写真集 Americansが発行されたのが1958年、撮影は1955年にグッゲンハイム奨学金を受けアメリカ中を中古のメルセデスに乗って旅して撮っているはずだから、この写真集はアメカンズ以前の写真で構成されている。
フランクが旅行に訪れた地で撮られた写真たち。
アメリカンズ同様に35ミリによるスナップなのだが、撮り方も、写真のレイアウトもAmericansと大きくは変わらない。撮影地がAmericaではなくスペインのValenciaのため、土着の風習などが映っているが、アメリカもスペインも外国である私にとってはそういった細かい違いはふと見落としそうになる。しかし、この写真集をじっくり読み進めると、ヴァレンシアのゆったりとした時間、古い建物の街並みが見えてきて、子供の表情ですらこの土地独自のもののようにすら感じられてくる。
フランクの語り口調はここでも物静かで多くを語らない。ただ、写真というものの情報の多さから、フランクがさらりと語ることにどんどんディーテールが繋がってきて写真の向こうの世界が見えてくる。
フランクは序文で
リアリズムともう一つ大切なのがヴィジョンだ。
この二つが重なって初めて良い写真が生まれる。
と記している。
良い写真、を良い写真集に置き換えてみると分かりやすいかもしれない。
写真一枚一枚はリアリストである情報である。色々な状況の写真を集めてもそれだけではリアリズムで終わってしまう。
それを「こう見せよう」とか、「どうだい、こう見えないかい?」という指標があってこの写真集は出来上がっているのだと思う。見方の指標は写真のセレクションやレイアウトによることもある。時には、いやむしろ写真の中にこそ指標は存在するんだけれど。
そして、そう見える世界を獲得した読者にとって、写真集の一枚一枚の写真はかけがえのない作品になる。写真から世界が見えてくるのだ。
フランクは、その「写真の向こうのせかい」を垣間見せることに長けているのだ。おそらくこの世界の写真家の中で最も長けている。しかもフランクはそれを写真を並べることだけで行うのだ。キャプションもなく。その一つの完成系がAmericansだと思う。
フランクは本の制作に相当こだわり、入念に行うのだろう。優秀な、信頼できる編集者がいるのだろう。フランクの写真集はどれもフランク流の語り口で写真を無言で語り、様々なストーリーを紡ぎ出す。そして写真集を読み返すたびにまた新しいヒントが見つかる。
Americansを見て行き詰まってしまった方、Valenciaはもう少しおおらかで、さらりとしてます。オススメです。
決定的名作を発表して50年、まだまだまとめられていない名作があるもんですね。この写真集は Americansのような読後のお腹いっぱい感はさほどなく、ちょっとロバートフランクの写真を見直してみようかなというような時に最適です。写真について学べることもいろいろあります。
だから私は、写真に行き詰まったらフランクの写真集を見る。
フランクは教科書としては難解すぎず、膨大すぎずいいのであるが、どうやったってまあフランクを超えることはできない。だから安心してここに戻ってくることができる。
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