Brassaiのベルクハイル(Bergheil)
写真をオリジナルのプリントで見るのと写真集で見るのとではここまで印象が違うとはそれまで思っていなかった。
ブラッサイが夜のパリの風景を写した作品集『夜のパリ』を初めて見た時、あまりピンとはこなかった。まるで版画か絵画の図録のようなトーンの印刷で掲載されたそれらの写真を見ても「美しい」とは思わなかったのだ。けれども、その洗練された構図と素晴らしいスナップのセンスに圧倒されはしたが。
その後数年が経ち、東京の写真美術館でブラッサイの回顧展を見た時、夜のパリを写した写真群の瑞々しさと、都会の夜の空気があふれていることに驚き、その美しさで一気にブラッサイという写真家のことが好きになった。輝くような町の光と、真っ黒に沈んだ闇との間の空気感を豊かに再現したそれらの写真は写真集で見たそれらの写真の印象とは全く異なっていた。
それらの夜のパリの風景は、ベルクハイルという折りたたみ式のハンドカメラで撮影されていた。ちょうどその回顧展のパンフレットに木製の三脚の上に据えたベルクハイルのファインダーをのぞくブラッサイの写真が掲載されていた。その写真を見てブラッサイがもっと好きになった。
フォクトレンダーが製造したベルクハイルの6×9センチの画面サイズ、そこにブラッサイがパリの夜の空気を封じ込めたようで、さすが天才写真家は違うなと感心した。フォクトレンダーのレンズの描写の緻密さと、透明感も気に入った。この描写がなければ、夜のパリはこれほどまでに輝かなかっただろう。ピントのシャープなところと、アウトフォーカスなところの描写の違い、漆黒に落ち込んでいる闇の描写のシャープさはさすが老舗ブランドのレンズだけある。BergheilだからおそらくAnastigmatだろう。こういうひんのいいレンズがあるなんて素晴らしい。
ブラッサイに憧れて、私も家にあった折りたたみ式の6×9カメラを持ち出して写真を撮ってみた。ベルクハイルは持っていないが、同時代のAnastigmatのついたフォールディングカメラにロールフィルムホルダーをつけて撮影してみた。
まず、6×9の縦位置というフォーマットの扱いづらさに驚かされた。ブラッサイのように洗練されたフレーミングを縦位置でやるのはものすごく難しい。難しいが、カメラの操作性はすこぶる良い。スポーツファインダーがついてるので、シノゴのフィールドカメラよりも使い勝手がいい。ピントはある程度絞ったら目測でも十分対応できる。
ブローニーフィルムを使えるのでカメラとしては未だにバリバリの現役だ。コンパクトな上、レンズの描写にも品があり素晴らしいカメラだ。おそらく1930年代のものだろうが、製造されてから70年以上経過しているとは思えない。
ブラッサイのようにベルクハイルを扱えるようになったら、写真を撮りためていつか写真展を行いたい。6×9の全部縦位置で。